総務省と経済産業省は2026年2月16日、「AI事業者ガイドライン」の令和7年度更新内容案を公表しました。2025年3月に策定された第1.1版に続く今回の更新では、AIエージェントやフィジカルAIといった新技術への対応が主要なテーマとなっています。
今回の更新案では、AIエージェントを「特定の目標を達成するために、環境を感知し自律的に行動するAIシステム」と定義し、フィジカルAIを「センサによるセンシングを通じて物理環境の情報を取り込み、AIモデルによる処理を経て、現実世界に対して直接的な働きかけを行うシステム」と明確に位置づけています。これらの技術がもたらす便益として、業務効率化や労働力不足の補完、安全性向上などが挙げられる一方で、自律的行動による誤動作や攻撃対象の増加、プライバシー侵害の可能性といったリスクも具体的に示されました。
技術進化に伴うリスク対応の具体化
今回の更新案が注目されるのは、単に新技術の定義を追加しただけでなく、事業者が実際に直面しうるリスクをより具体的に記載している点です。ハルシネーション(AIによる事実と異なる出力)のポジティブリスク、教育領域におけるAI活用が学生の思考力発展を妨げる可能性、RAG(検索拡張生成)やマルチモーダルな生成AI活用時のプライバシーリスクなど、実務で顕在化しつつある課題が盛り込まれています。
また、リスクベースアプローチの考え方も明確化されました。リスクの大きさや発生可能性を加味して対策の優先順位を検討するという考え方を示すことで、限られたリソースの中でどこに注力すべきかを判断する指針が提供されています。これは、生成AIツールの導入を検討する企業にとって、実効性のあるガバナンス体制を構築する上で重要な視点となります。
AIガバナンスの実効性を高めるための工夫
更新案では、ガイドラインそのものの使いやすさにも配慮が見られます。多義的に捉えられる「学習」「推論」「データ」といった用語の定義を明確化し、AI開発者、AI提供者、AI利用者という主体区分の役割を整理しています。特に、どの主体がアライメントやRAGといった処理の責任を担うのかについて、補足説明が加えられています。
さらに注目すべきは、経済産業省が「活用ガイド」を、総務省がチャットボットを検討している点です。前者はライトユーザー向けにガイドラインの活用方法を紹介し、後者は確認したい情報へ素早くアクセスする支援を行う想定です。これらは、構成員から「全体像を簡単に理解するのが困難な文章量」「具体的実施手順がわからない構成」といった指摘を受けたことへの対応と見られます。文書の網羅性を保ちながらも、実務担当者が実際に使える形を目指す姿勢が表れています。
国内外の動向を踏まえた位置づけ
今回の更新案には、広島AIプロセスや内閣府の人工知能関連技術推進法、デジタル庁の生成AI利活用ガイドラインなど、国内外の最新動向も反映されています。広島AIプロセスについては、報告枠組みの参加組織数や参加組織の声が追記され、国際的な協調の進展が示されています。
また、AIガバナンス構築の実践例として、NEC、東芝、富士通、ソフトバンク、NTT DATAなどの既存事例が更新され、IBMとAmazon Web Servicesの取り組みが新たに追加されました。これらのコラムでは、リスク分析の体制や具体的な進め方、AI利用拡大を踏まえた組織体制の強化といった、実際の企業活動に即した内容が紹介されています。
ITツール選定における考慮点
AI技術の活用が進む中で、ITツールの導入や選定を担当する立場からは、今回のガイドライン更新で示されたリスクと対策の具体化は注目に値します。特に、RAGやマルチモーダル機能を持つ生成AIツールの導入を検討する際には、プライバシーリスクへの対応や、最小権限設定、人間の判断を必須化する仕組みといった留意事項が参考になります。
また、ベンダーがどのようなAIガバナンス体制を構築しているかを確認する際にも、ISO/IEC 42001認証の取得状況や、AIガバナンスポリシーの有無といった観点が実務的な指標となりそうです。
まとめ
AI事業者ガイドラインの令和7年度更新案は、AIエージェントやフィジカルAIといった新技術への対応を明確にしつつ、実務担当者が実際に使いやすい形を目指す姿勢が示されています。リスクの具体化や用語の定義明確化、活用支援ツールの検討など、ガイドラインとしての実効性を高める工夫が随所に見られます。
今後、この更新案に対するパブリックコメントや検討会での議論を経て、正式版がリリースされる見通しです。AI技術の進化とともに変化する課題に対して、ガイドラインがどのように適応していくかは、国内のAIガバナンスの方向性を示す重要な指標となりそうです。

